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大阪家庭裁判所 昭和39年(少)7906号 決定

少年 T・Y(昭二三・一〇・二生)

主文

少年を特別少年院に送致する。

押収してある刺身庖丁(昭和三九年押第一〇二三号)はこれを没取する。

理由

(非行事実)

少年は、昭和三九年六月○○日大阪市南区○○町一丁目××××番地○○興業株式会社ボ○ル○○にボーリング遊びに赴いた際、同所付近にいた氏名不詳のヤクザ風の三人組の男に理由もなく殴られたのに憤慨し、この次に出合つたら刄物で脅かして仕返しをしてやろうと考え同月○○日頃刄渡り約二〇・三センチメートルの鋭利な刺身庖丁(昭和三九年押第一〇二三号)を購入し、同月△△日午後五時前頃、これを新聞紙に包んで携帯し、再び同所に赴いたが目指す相手はいなかつたのでそのまま同所においてボーリング遊びを始めた。

ところが、少年が同日午後五時五分頃小用のため上記庖丁を右手に持ち同所の男便所にはいつたところ、それまで一面識もなかつた篝○稔○(当一九年、理容学校生徒)がたまたま少年の後からはいつて来て並んで小用を始めたが、しばらくして同便所において互に「面を切つたな。それがどうした。生意気な」と言つて口論になつた。そこで少年は、篝○が切つ先の少し出た紙包みの庖丁を見て「それを寄越せ」と言つて取りあげようとしたのに憤激し、このような鋭利な刄物を以て強く相手を突き刺せば当りどころによつては相手を死に至らせることを知りながら、敢えて右手に握つた庖丁を以て篝○の顔面、腕(左肘下部貫通刺創)胸部等を力一杯突き刺し、よつて生じた深さ一三センチの右前胸部刺創による肺刺創(肺動静脈切断)により約二五分後に同区△△橋筋二の××原○病院において失血死させ、以て同人を殺害したものである。

(法令の適用)

刑法第一九九条

(要保護性)

少年の父は六年前メリヤス製造業に失敗し多額の負債を残して自殺し、爾来母親は少年に対し徒らに叱責するのみで補導よろしきを得なかつたばかりでなく持病の神経痛、胃病のため細々と内職をする程度で、一家は主として国の生活保護に頼つて生計を立てる状態であつた。このような家庭的悪条件の下に、少年は早くも小学校三年の頃から窃盗、住居侵入等の非行に走り、これまで児童相談所に書類送致されること六回に及んでいる。

少年は知能程度は普通(知能指数一〇九)であるが、根気がなく、小心で気が弱く、一寸したことで挫折感に陥るという弱点に加えて、その補償行為として過度に虚勢を張り、見栄を張るという欠点が重なつている。少年は中学二年から野球選手として活躍し、学業成績は振わなかつたが、野球選手として身を立てることを夢み、本年四月高校を希望していたが、経済事情がそれを許さず進学を断念すると共に就職の意欲をも失い一層不安定な精神状態に陥つたものである。

少年は当裁判所において、本年一月二二日恐喝、暴行、窃盗事件につき不処分となり、更に本年六月九日傷害、窃盗事件(中学在学中に隣接中学の生徒数人に暴行を加えた事件及び本年五月家出中の旅館での三件の窃盗事件)につき保護観察に付されたものであるが、その後七日間位家事を手伝いながら職を探し、三日間位下水工事の人夫として働いた後同月○○日上記のとおりボ○ル○○で殴られてショックを受けこれが本件犯行の遠因となつたわけである。同日少年は、母から仕事を怠けて遊びに行つた旨叱られて気を腐らせ、同日以後本件犯行日までの一〇日間位を近所の物置に寝泊りし母親の留守をねらつては食事に帰る有様であつた。上記のとおり少年は保護観察に付されてから僅かに三週間にして本件犯行に及んだものであつて甚だ反省心に乏しいものと言わねばならない。

ところで本件は、少年が氏名不詳の男に理由もなく殴られ憤慨したことに起因するとは言いながら、少年はわざわざ数日前から鋭利危険な刄物を準備して自宅から遠路現場まで赴いたものであり、しかも当の殴つた相手ではなく、たまたま出喰した善良な被害者に対し、単に所謂(面を切つた)と言うような理由にもならないことから口論の挙句(この点被害者にも多少挑発的な言動があつたものと認められるけれども)兇器を振いかけがえのない被害者の一命を奪つたものであり自己の利己主義的な感情の満足のためには他人の生命をも無視して顧みないものであつて、それ自体許し難い行為であるばかりでなく、犯行の原因についても格別同情すべき点は見当らない。しかも少年は犯行の原因につき証拠をつきつけられるまで虚偽の事実(○○日に篝○からひどく殴られたので同人を刺した旨)を申し述べており改悛の情に乏しいものがある。又、少年母親とも犯行につき陳弁これ努めるのみで、被害者やその遺族に対する陳謝の誠意を示すこともなく、慰籍の措置を全く講じていない。

上記のような少年の性格、非行歴、本件犯行の原因、態様、犯行後の態度を綜合してみると、本件犯行は単純な偶発的激情犯ではなく、少年の永年にわたつて形成された性格の偏倚に深く根差しているものと認められ、したがつて少年の犯罪的傾向も相当に進んでいるものと認めざるを得ない。なお少年は現在一五年一〇月ではあるが、その体躯、体力、世間擦れの程度等については優に一六、七歳の者に匹敵している。

よつて此の際少年を特別少年院に収容し、その反省と自覚を促がすと共に、厳格な教育訓練によつて少年の性格の矯正と生活態度の一新をはかる必要があるものと認め、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条、少年法第二四条の二(没取につき)を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 梶田寿雄)

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